第005回芸術祭(2012) アーティスト一覧
国・地域 アーティスト名 | Name Country (Area) |
アメリカ ブライアン・ホルス | Brian Hulse USA |
アラスカ チバック・チュピック・ダンサーズ | Chevak Cup’ik Dancers USA (Alaska) |
イギリス 「トゥーザリ」コミュニティーアーツ | Toozalii Community Arts International Artists UK |
インド パスファインダー・ダンスグループ | Pathfinder Dance Group India |
インドネシア アイオーブイ・ユースセクション | IOV Indonesia Youth Section Indonesia |
エクアドル シサイ | Sisay Ecuador |
韓国 處容(チョヨン)舞保存会 | Korean Traditional Performing Arts Foundation Korea |
中国 北京ダンスアカデミー | Beijing Dance Academy China |
フランス・コルシカ島 テンプス・フギト | Tempvs Fvgit… Corsica,France |
ポーランド ジェドリニオク | Jedliniok Poland |
マリ ラミン・トラオレ | Lamine Traore Mali |
岡山 踊ろうマチルダ | Odorou Matilda Okayama |
淡路島 えま&慧奏 | Ema & Esoh Awaji Island |
東京 タカパーチ | Takapartch Tokyo |
京都 ザッハトルテ | Zahatorte Kyoto |
京都 ドレクスキップ | Drakskip Kyoto |
札幌 ウルソ・ダ・フロレスタ | Urso da Floresta Sapporo |
千葉 ボンバングー | Bonbangoo Chiba |
東京 ショピン | Chopiiin Tokyo |
東京 ラビラビ | RaBiRaBi Tokyo |
洞爺湖 トヤトヤ | Toya Toya Toyako |
函館 バンダカスターナ | Banda Castana Hakodate |
函館 ひのき屋 | Hinoki-ya Hakodate |
函館 水口議 | Hakaru Mizuguchi Hakodate |
ブライアン・ホルス Brian Hulse
マルチタレントであるブライアン・ホルスは、日本のエンターテインメント界におけるプロデューサーであり、かつパフォーマーとして活躍しています。
1986年。アメリカ・インディアナ州の小さな農村で、わずか17歳にして、コミカルなジャグリングのプロとしてそのキャリアをスタートさせました。それからはアメリカ全土、やがては世界各地でパフォーマンスを行うようになりました。
現在は拠点を日本に移し、様々なイベントやホテル、あちこちの路上を舞台にしています。
ブライアンは、素晴らしいパフォーマンスと深みのある百戦錬磨の存在感で、芸術祭の力強いサポーターとなっています。記念すべき芸術祭第005回を彼とともに祝いましょう!
http://www.facebook.com/brian.hulse.754
チバック・チュピック・ダンサーズ Chevak Cup’ik Dancers
チバックは私たちの故郷の名前、チュピックは私たちの言葉で「本当の人間」をそれぞれ意味します。力強い歌声とドラムビートにあわせて踊る私たちの文化遺産「ヨガック」は、大地、海、川とともに暮らす私たちの経験を鮮明に映し出します。
私たちにとって踊ることは、私たちの物語を語ることなのです。それは私たちの先祖の語りであり、同時に今を生きる私たち自身の語りでもあります。
また「ヨガック」は私たちにとって極上のエンターテイメントでもあります。私たちは客人への歓迎やもてなしのために「ヨガック」を次々に踊ります。踊りは人と人の「つながり」を育み、深めるのです。
私たちはこれまでにアラスカ州内やアメリカ国内はもちろんのこと、ロシア、カナダ、オーストラリア、フィジーなどでも公演を行うことで、様々な人びととの「つながり」を紡いできました。今回は特に、チバックでの文化活動の中心人物であるジョン・ピンガヤック氏が来日します。
「トゥーザリ」コミュニティーアーツ Toozalii Community Arts International Artists
トゥーザリは、数多くのアートイベントの中で少人数グループ向けのソーシャル・インクルージョン(社会参加)のワークショップを行い、それを可能にするために様々なアートの形を用いています。トゥーザリは特にカーニバル・アートを楽しむことに全力を注いでいます。「カーニバル」のコンセプトは、数多くの文化的影響を合体させるという独特なものです。カーニバルは芸能全体をひとつにして、社会的、政治的背景へと順応させることができ、同時にコミュニティ全体を巻き込む事ができます。
ビジュアル・アートの分野として初の参加となるトゥーザリは、5周年を迎える芸術祭にふさわしいアーティストといえます。トゥーザリは元町公園で2つの事を行う予定です。彼らがイギリスから持ってくる素晴らしいフラッグを展示し、また「旗づくり体験」も行います。もし10分でも20分でも時間があれば、みなさんもぜひビジュアル・アートに挑戦してみてはいかがでしょうか? トゥーザリはみなさんの作品をイギリスに持って帰ります。そしてその作品がさらに素晴らしいフラッグとして姿を変えて第006回の芸術祭に戻ってきます。つまり、来年また芸術祭に足を運んでもらえると、あなたの作品が掲揚されているところを見る事ができるのです。トゥーザリはこう言っています。「何かを創造する事は、あなたを幸せにしてくれる」。芸術祭で沢山の笑顔に出会える事を楽しみにしています。
パスファインダー・ダンスグループ Pathfinder Dance Group
ダンサーは皆、パフォーミング・アーツの中心地であるプネー大学で学び、マドゥーラ・キーレの指導の下に集まり活動しています。インドの古典舞踊であるバラタナティヤムを、伝統的そして革新的な両方の舞踊でご覧いただきます。
振付のマドゥーラ・キーレは20年以上に渡り、古典舞踊バラタナティヤムを学び練習をしています。彼女は名高いスチェター・チャペカール博士の指導の下でトレーニングを終え、大会で多くの賞を受賞しました。「インドの世界文化フォーラム」のパネリストでもあります。
パスファインダーの音楽監督でありシタール奏者サミップ・クルカルニは、この23年間でインドおよび海外で600以上のコンサートを行い、2つのハリウッド映画のためにシタールを演奏。彼はアメリカ、イギリス、タイでもツアーを成功させ、彼のアルバムには「Live in Chicago」や「Musician’s Guild」が収められています。
サミップ・クルカルニは、芸術祭の標語である「元町公園で、『世界』に出会う」ことを、まさに彼自身が体現しようとしています。普段は高度な技術を要求されるなシステム・エンジニア(SE)として働いていますが、彼の人生の目標は、世界で最も有名かつ優れている「ソフトウェア・シタール奏者」「コーポレート・アーティスト」そして「数学者的音楽家」のひとりになることです。
アイオーブイ・ユースセクション IOV Indonesia Youth Section
ユネスコが今日の若者は明日のリーダーであると考え、青少年育成プログラムを実施するためにNGOとして尽力してきたことは、芸術祭のテーマである「ロングナウ」の実践としての側面といえるかも知れません。フォークアートの国際機関であるIOVは、2007年の総会で、インドネシアの青少年プログラムを組織しました。
今回来日するのは、大学予備学校(SMA)「Al Azhar Kelapak Gading」の学生からなる25人の強力なグループです。アチェからのサマンダンス、これは正式に2011年11月19日にユネスコに「人類の無形文化遺産」として宣言を受けました。サマン(または「千手観音」)は、ダンス歌謡とアチェ州の悲しい民族の歴史に由来しています。ダンスは伝統的に、預言者ムハンマドの誕生日や他の重要な行事を祝うために行われます。それはゆっくりとした動きから始まり、最終的に急停止に来る前に徐々にテンポを増加させます。踊りの名前は、アチェ、シェイクサマン州の偉大な学者の一人に由来しています。現代では、サマンダンスはフェスティバルのオープニングを含む、特別な機会に行われます。
芸術祭では、ユニークなパフォーマンスと、細部にわたるスタイルで、思考が広がっていく世界にあなたをお誘いします。
シサイ Sisay
グループ名のSisay(シサイ)とは、彼らの先住民族の言語キチュア語で「花が咲く、開花する」という意味です。シサイは1983年に彼らの父親達によってエクアドルで結成され、その思いを息子達が受け継ぎました。南米エクアドルのネイティブアメリカンで構成されたグループです。
北米やヨーロッパ各地でツアーを行った後、1994年に初来日し、日本での演奏活動を開始しました。現在、日本各地や、アジア、南米でのイベントへの参加、コンサート、ライブ、学校行事など色々な形でステージ・パフォーマンスを行っています。彼らの音楽は、エクアドルの民族音楽を基礎にして、アンデス、ラテン音楽なども柔軟に取り入れた独自の表現力を持っています。
處容〈チョヨン〉舞保存会 Korean Traditional Performing Arts Foundation
2000年に結成されました。日本の琴に似た弦楽器・伽耶琴(カヤグム)や、チャング、パクといったパーカッションでの民俗音楽にあわせた韓国舞踊を御覧いただきます。
そのひとつ「處容舞」は、統一新羅時代の憲康王朝の時代の物語です。東海の龍王の息子であり新羅の官吏になった「處容」が、病気をもたらす鬼神を追い払ったという伝説を基に創られた、仮面をつけての舞踊です。高麗時代までは鬼神を追い払う儀式で舞ったものであり、朝鮮時代世宗朝、宮中舞踊として採択されました。当初は黒い服装をした一人の舞い手が舞っていましたが、現代は青、赤、白、黒、黄の五つの色(五方色)の衣装を着た五人の舞い手が、中央や四方で舞いを披露します。この五つは宇宙の万物を成す五つの元素である金、水、木、火、土を意味し、この五つの要素により全宇宙と万物が調和し、鬼神を追い払うという象徴的な舞として知られています。
もうひとつの「太平舞」は、王室の繁栄と国の天下太平を祈願するため、王妃と王が自ら舞うという内容の創作舞踊です。20世紀初め、優れた芸術家であった韓成俊が舞台公演の作品として完成させたもので、この舞は荘厳ながらも早い足取りが特徴となっており、早くて輕快な足運びで複雑なリズムに合わせて円を描きながら廻す技巧的な足の動作は、太平舞ならではの見所です。伴奏音楽は京畿道の「グッ」で用いられる長短を演奏します。
テンプス・フギト Tempvs Fvgit…
テンプス・フギトとは、英語で「タイム・フライズ(光陰矢のごとし)」。芸術祭のテーマである「ロングナウ」に、彼らのプロフィールにあるこの言葉より適しているものは無いでしょう。6人の歌手のこのグループは、「時間に声を与える」ことで自分たちを表現しています。彼らは複雑なハーモニー、人、そして音楽の真正を探り、現代と伝統の間に空洞のように存在した対立を解決する方法を提示しています。
過ぎ去っていく時の中で表現する術を、皆さんのために歌います。フェスティバルのような、そして今日まだ変わらずに古風な香りを保っている宗教的儀式のような、夢のような時が流れるフランス・コルシカ島から彼らはやって来ます。非常に古くからある神聖そして世俗な多声音楽のレパートリーを忠実に伝えるため、コルシカ島の外でも活動しています。
ネブイとは、テンプス・フギトの最近のレコーディングプロジェクトであり、彼らの音楽を生み出したコルシカ地方の地域の名前です。
輪になって集まり、テンプス・フギトが歌う行進の歌。聖週間で歌われる賛美歌。古代ローマ時代の儀式のミサの部分と同様に、ジェノヴァ、サルデーニャ、さらにビザンチン様式の影響を受けた伝統的なメロディー。それらの最も忘れられない世界。
彼らの歌は、時間の誕生、宇宙の境界線、および芸術の時代を呼び起こす時間そのものと、その物質であるのです。
ジェドリニオク Jedliniok
1975年に結成、メンバーはヴロツワフ市の農業大学などの学生です。アンサンブルはシレジア地域のフォークロアだけでなく、他の多くのポーランドの地域で伝承されてきたもの、また、ポロネーズなど伝統の踊りを紹介しています。
このグループは、数多くの国や大陸での有名な国際民俗祭でポーランドを代表して出演してきました。その芸術的成果と、国内外でのポーランド文化普及の貢献の功績から、ヴロツワフ市などからゴールデンバッジなども授与されています。また、国内および国際的な賞も複数受賞。メンバーは教育活動に積極的で、創立以来約3,000人の学生が活動に参加しました。過去のメンバーが数多くの機会を作り出し、独自のフォーク・グループとして成り立つ「地域における文化的生活のプロモーター」となっています。
ラミン・トラオレ Lamine Traore
マリの多くの家庭がそうであるように、子どもが大勢いる家庭に育つ。教育を受けたのは小学校まで、親からは物売りを強いられるものの、音楽に自分を見い出し、音楽一筋に生きる。7歳からバラフォンを、20歳からジェンベを始め、現在はソロとして、グループ「KALI Percussion」のリーダーとして、大規模なフェスティバルから結婚式や赤ちゃんの命名式などの日常的な行事まで、マリを拠点にバラフォン、ジェンベ、カマレ・ンゴニのプロとして活動している。マリ国内での人気も高く、西アフリカ各地を始め、ヨーロッパ各国においても除々に評価は高まっている。自分の心から、内側から出てくるもの、自分がよいと思うものに忠実にあることを第一とし、彼の音楽すなわち彼の人生であるといえる。
踊ろうマチルダ Odorou Matilda
ツルベノブヒロのソロ・プロジェクト。アーティストネームは、オーストラリアの古い歌「Waltzing Matilda」が由来。マチルダは荷物の意。「マチルダ(荷物)と踊る」というのは「放浪の旅をする」といった意味を指す。1997年 ソロ「釣部修宏」として活動。2003年 バンド「Nancy Whiskey」として活動する。2007年 バンドを解散しソロに。本格的にライブ活動を全国に拡げる為、福井から東京に活動の拠点を移す。2008年 アーティスト名を「踊ろうマチルダ」に。同年秋、初のミニアルバム『Hush』をリリース。2009年 セカンドミニアルバム『夜の支配者』をリリース。2010年 10月「踊ろうマチルダ・ライブ301本目」を記念して東京で2デイズ・イベントを開催。同年 12月弾き語りアルバム『故郷の空』をリリース。
えま&慧奏 Ema & Esoh
弾くというよりは、唄う、弓。すべての音に溶け合う、ピアノ。長い時を経て、地球を旅した民族楽器たちが織り成すリズム。その響きに、ふと誘われる…レインボウ・ヴォイス。ジャンルに縛られない自由さと、レンジの広い演奏スタイルは類い稀なるデュオ・ユニットと言われる由縁。音楽の力を、ポジティブに伝え、共にする空間を、様々に展開。
【慧奏:ピアノ、キーボード、、民族打楽器】ピアノをメインに、オーバートーンヴォイス(倍音歌唱法)や循環呼吸など独特な奏法や、先住民族のスピリチュアルな伝統楽器と石や木から成る自然素材のオリジナル楽器なども演奏する。その多才さと精神性の高いプレイは、シーンの中でも際立つ存在としてあり続ける。1987年には、自己のグループ「Silent Pulse」で、モントルー・ニュージャズ・フェスティバル(スイス)に出演する。1991年、ダンス公演『アマミシネリ』の音楽担当として、沖縄・ローマ・パリ・ギリシャ公演をツアーする。風の楽団〜Wind Travelin’ Band のメンバーとして、えまと共に、グラストンバレー・フェスティバル(イギリス)や、アメリカ西海岸ツアーなど国際的に活動を展開しながら、広くアーティストとの交流をもち、多数のユニットに参加。もっとより良い世界へと心を向ける人々との間で、音楽イベントやアルバムの制作・プロデュースにも携わる。
【えま:うた、二胡】この世のあらゆるものをウタに聞く。ジャンルも国籍も問わない「ONENESS」の源へ、音楽を道しるべに活動中。レインボウ・ヴォイスと称される唄声…そして、中国の二胡や、タイ・ベトナムの胡弓、月弓などの弓奏楽器を独学で弾きこなし、その倍音を強く生かした奏法により「もうひとつの声」 として奏でる、異色女性アーティスト。『えま&慧奏』はじめ、伝説のバンド『風の楽団』、他沖縄・奄美の 島唄との共演等、沢山のアーティスト達とのコンサート・レコーディングに参加。ビジュアルアートやイベントプロデュース、他アーティストのサウンドデザインを手がけるなど幅広く活躍する。
【えり花:踊り手】長野県出身京都在住。日本画を学ぶために就学した京都で、身体表現に出会う。コンテンポラリー、ストリート、民族舞踊…様々なジャンルのダンスを経験してゆく中で、より、自分のルーツとなるものを即興演舞の中に見い出してゆく。ジャンルもなく、ただ、この星に生まれた純粋な踊りを。現在は、様々なミュージシャンとの即興ライブ活動をメインに、よさこいチーム振り付け、音とヨガのワークショップなど、幅広く活動中。
タカパーチ Takapartch
人間ジュークボックスのおもな芸歴。1990年、秋の横浜『野毛大道芸』に於いて始める。以後毎年出演。1993年、パリ近郊ナンテール市の大道芸まつりに出演。『大道芸ワールドカップイン静岡』に出場(2010年まで)。1994年、浅草かっぱ橋七夕まつりに出演。1995年、神戸地震ボランティア大道芸、名古屋『大須町人祭』以後毎年出演。1996年、佐渡小木町『アース・セレブレーション』にて行う。1997年、所沢ミューズ芸人市に参加。1998年、沖縄市土着人フェスタインコザ。1999年、本田技研夏祭り(栃木県)。2000年、横浜みなとみらい・クイーンズスクエア『アット!』、大道芸許可証を取得。2001年、晴海トリトン大道芸許可証を取得。2002年、東京都ヘブンアーティスト大道芸許可証を取得。2003年、喜多方21世紀シアター。2004年、帯広北の大地de大道芸。2005年、南町田『グランベリーモール』にて定期的に始める、札幌パフォーマンスカーニバル『だいどんでん』出演、日テレArt Daidogeiでスペシャルアーティスト賞を受賞。2007年、OSAKAエンタフェスにて大阪パフォーマーライセンス取得、『イクスピアリ』にて定期的に始める。2008年、タイのバンコクで開催されたストリートショウに出演。2009年、天保山『ワールドパフォーマンスフェスティバル』に出演、神戸ビエンナーレ2009に出場。2010年、うつのみや大道芸フェスティバルに出演。2011年、ふくやま大道芸に出場。
ザッハトルテ Zahatorte
新しくも懐かしいインストゥルメンタル・バンド。都丸智栄(アコーディオン)、ウエッコ(ギター)、ヨース毛(チェロ)。2002年に京都で結成。結成当初から京都のカフェ、さらさ西陣にて『月例お食事ライブ』として、投げ銭スタイルの生音カフェライブを毎月かかさずに開催。より身近な感覚で気軽に音楽を楽しむライブのスタイルを京都から発信し続けている一方で、2004年にフランスのアコーディオンフェスティバル『ル・グラン・スフレ』『SUMMER SONIC ’08』『apbank fes ’09 koti market live』などに参加。また、アフラックのテレビCM『アヒルのワルツ』の演奏をはじめ、ETV『おかあさんといっしょ』2010年9月の歌『ドコノコノキノコ』の作曲・編曲・演奏・コーラスを担当し、同番組の2010年クリスマス特番では、番組史上初の外部ゲストとして出演を果たす。現在までに自主製作およびメジャー合わせ7枚のCDをリリース。2011年1月にリリースされたライブアルバム『Acoustic Live & Dinner at TOOTH TOOTH』は枚数限定のため8ヶ月で完売。2012年5月13日に久々の完全セルフプロデュースアルバム『ビストロ オンゼ』(ffm-011)をリリース。年間100本を超える、様々な場所でのライブ演奏で鍛えられたパフォーマンス、カフェライブで育んだ穏やかな間合いは、音楽のジャンル、パフォーマンスのジャンルや枠を飛び越え、幅広い世代の人達を楽しませてくれている。
ドレクスキップ Drakskip
「うねり、戯れ、疾走する」。京都発、ユニバーサルインストバンド「ドレクスキップ」。
ドレクスキップの音楽は北欧を中心に世界中の音楽を取り込んで、そのサウンドは躍動的、前衛的でありながらもどこか懐かしい。北欧の伝統楽器ニッケルハルパ、5弦ヴィオラ、12弦ギター、パーカッションといった珍しい組み合わせで、4人とは思えない壮大なスケールの音楽を紡ぎだす。海外著名アーティストとも共演多数、年間ライブ本数は150本を越え、圧倒的なライブ体験は土地や世代を超えて様々な人の共感を得ている。
2006 年の結成以来、京都を拠点に東京、大阪、北海道〜九州まで日本各地のホールやライブハウスからカフェ、寺院、野外イベントまで屋内外の様々な場所での演奏経験を積み、幅広い年齢層の支持を得ている。
2011年9月客席数1,000人の大舞台・京都会館第2ホールでの自主企画ワンマンライブを成功させ、2012年4月にはサード・アルバム『それでも舵を取る – Steering Through The Storm -』をリリース。6月にはスウェーデンの伝統音楽演奏家ヨーラン・モンソン氏との共演、 7月には本場スウェーデンの『Eileens Folkfest 2012』と『Korröfestivalen 2012』にて演奏するなど、自分たちのスタイル、音色、ステージングにこだわり、精力的に演奏を行っている。
メンバーは、榎本翔太/ニッケルハルパ、フィドル(バイオリン)。野間友貴/5弦ヴィオラ。浦川裕介/12弦ギター。渡辺庸介/パーカッション。
ウルソ・ダ・フロレスタ Urso da Floresta
2001年結成。北海道を舞台にブラジルのサンバの練習(打楽器演奏・歌・ダンス)やお祭り、イベント、ライブ出演等、小学生から50代まで男女が和気あいあいと活動しています。
ボンバングー Bonbangoo
幼少より多くの芸術に触れて育ち、小学時代から声優として国内、海外の映画・アニメに出演。後にジャグリングと出会い持ち前の表現力を活かした独自のパフォーマンスで2005年ジャグリング世界大会ジュニア部門で金メダルを獲得。
高校卒業と同時にマッスルミュージカルの正式メンバーとして北海道から沖縄まで数々の舞台に出演。現在はソロパフォーマーとして全国各地でハイテンションなショーを展開中!
ショピン Chopin
野々歩(コケストラ)、タカハシペチカ(ヒネモス)、田中馨(元SAKEROCK)の3人が集まって、2006年活動開始。2011年内田武瑠(元Good Dog Happy Men)を正式メンバーにして、P-vineより3枚目のアルバム『春のソノタ』をリリース。野々歩の素直な歌声を囲む、ひと癖ある楽曲と演奏者達。アコースティックの楽器からひとたび音が広がると、がらくたや玩具も一緒に歌い出す。ちょっと古風な言い回しや何でも無いひとときの情景をおとぎ話の様に歌い継いで行く。ちょっぴりおかしくて、じんわり染み入る新しい音楽の形。是非、ご賞味あれ。
2012年4月から、NHK・Eテレのアニメおじゃる丸エンディングテーマ『マロのさんぽ』を担当。2012年5月初のDVD作品『花の下の人々』とミニCDの2枚組とおじゃる丸エンディングテーマ『マロのさんぽ』をリリース。2008年6月ファースト・アルバム発売。7月『Fuji Rock Festival』出演。都内中心のライブハウス、カフェライブ。他、落語との共演、子供向けのワークショップ、金沢21世紀美術館での公演、新潟小千谷市震災チャリティライブなど地域に密着したイベントにも意欲的に活動中。
2009年秋セカンド・アルバム『はしょられた物語』を発売。2011年春P-vine recordsに籍を移しミニアルバム「春のソノタ」を発売。日本各地しみじみと活動中。
ラビラビ RaBiRaBi
ふたりの打楽器と声の独創楽団。場と一体となり、抑揚と瞬発力にあふれた音楽を次々に繰り出す。国境、人種、時空を軽々と超え、あっという間に「縄文トランス/Ma-Tsu-Ri PARTY」と呼ばれる新しい祝祭空間を創りだしてしまう。果てはその縄文さえも更新する文化を創り上げよう! と世界を駆け回っている。年間100本を超えるライヴ、フィールドレコーディングを行うネオネイティブ3人組。1999年結成。2001年、メンバーチェンジを経てあずみ(声、Mix)/ナナ(打楽器)となる。いつでも/どこでも/誰とでも音を楽しむチカラをストリートで養う。2006年、ドラマーPikoと共に「RaBiRaBi×Piko」としての活動開始。音旅がはじまり表現の核ができあがる。2009年、名称、表記を「ラビラビ」に変更。活動の核を3人とし音旅を続けている。
トヤトヤ Toya Toya
西アフリカの太鼓「ジェンベ」や「ドゥンドゥン」をつかって唄に踊りに楽しく元気なゴキゲンバンド。年齢や性別や人種も越え、全員参加型でアフリカンビートを感じさせます。洞爺や喜茂別や羊蹄山麓で活動進行中!
バンダカスターナ Banda Castana
函館発!ラテン・エンターテイメント・ユニット。レパートリーは「サルサ」をベースにマンボ、ルンバ、チャチャチャ、ソン等を演奏している。2004年結成。「函館からラテン音楽を発信したい」とのリーダー栗城の想いに引き寄せられた地元ミュージシャン達が結集し結成。2007年『Mt. ニセコくっちゃん JAZZ FESTIVAL』に函館勢としては初出演。2008年金森ホールにて初のワンマンライブを開催。以降毎年1度行っている。同年『サッポロ・シティ・ジャズ』へ参加。メイン会場「ホワイト・ロック」にて演奏。以降毎年参加している。
ひのき屋 Hinoki-ya
1998年に函館で結成。「トラベリングバンド」として、これまで世界14の国と地域で演奏。メンバーはソガ直人、しまだめぐみ、雨宮牧子、ワタナベヒロシ。アメリカ、クロアチア、台湾、ブラジル、フランス、ギリシャ、オーストラリア、ベラルーシ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ドイツ、シンガポール、チェコ、スロバキア、そしてハンガリー。ひのき屋は旅する音楽家として、今日まで世界を震わせてきました。2009年に北海道新聞社第8回「北のみらい奨励賞」を受賞。2011年にスロバキアの都市・トルナバで震災復興支援イベントに出演。伝統を進化させた独自の音楽で、人々のこころを掴んでいます。
水口議 Hakaru Mizuguchi
ご存知のように、日本は古くから地震が多い国です。このため日本の建築と芸術は、これまで壊れやすい材料の使用を避けてきた歴史があります。たとえばステンドグラスの伝統はありませんし、横に動く木製の障子には和紙が使われています。
1970年代には、東京・新宿に高層ビルが建てられ、ガラス張りの建築物は近代化した周辺国の注目を集めました。
水口議は、1981年開催の『コンテンポラリー・グラス〜オーストラリア、カナダ、アメリカ、そして日本』と呼ばれた、日本初となるガラス細工をテーマにした展示会に選ばれた1人です。1983年に、彼は「ザ・グラススタジオイン函館」を設立、元町周辺のベイエリアや赤レンガ倉庫群での一連の観光体験に不可欠な場所となっています。
今回の芸術祭では、約60個のガラス作品を制作提供。芸術祭スタッフとの共同企画により、光とのコラボレーションで元町会場内の大小の木を華やかに装飾します。
過去の出演アーティスト
これまで多くの団体が、芸術祭に参加しています。例えば、アイルランド、イタリア、インド、インドネシア、ウクライナ、韓国、スペイン、台湾、ニウエ(ニュージーランド)、フランス、ブリヤート共和国(ロシア)、リトアニアといった、国と地域です。
民俗芸術は、過去を知る窓であり、未来への扉です。
出演団体、ご来場の皆様、そして芸術祭に携わるすべての方々に、感謝を込めて。